OldLionの備忘録

年老いたライオンは錆びない。狩りを続け、振る舞いは日々深みを増していく。 いつまでも自分を忘れず、狩りを忘れぬライオンでありたい。 そんなライオンになるための日進月歩。

1980年代の女性とその後 「1980年代」を読んで

1980年代はどんな時代だったか。それは吉本隆明率いるサヨクに対してニューアカがばっこした年代。もしくはB級グルメとかJJとかananをはじめとしたカジュアルなファッション文化が華咲いた時代。言い換えれば、文明に追い付け追い越せから「文明を超克する」時代立ったと言える。今まで手に入らなかった文明発展の恩恵に一般庶民が浴することができるようになった時代。もしくは、それ以前の昭和の時代にけちをつけた時代。
 
田中康男の「なんとなくクリスタル」が象徴するように、お金が手に入った女子たちは浮き足立つ時代だった。
1980年代は、「女子大生ブーム」の時代だった。金を持っている男を使い回して、男女雇用機会均等法などがあって、キャリアの道も開けていくような時代だった。この時代流行ったのが、「OL留学」と「カタカナ職業」だった。カタカナ職業は、ネーリスト・イラストレーターなど感性を生かして男性に出来ない仕事をすることだ。そして、円高だったのもあって、彼女たちの中で未来を見据えて留学に行くものは、韓国を目指した。今までおじさまが買春で訪れる「キーセン旅行」が主流だった場所に、第二の成長の場を見越して訪れていたそうである。当時はフェミニスト林真理子が「ルンルンを買っておうちに帰ろう」を出して、女性の主役ぶりを強調し、自分はananで働きながらプライベートを満喫する姿を見せつけた。カタログから切り取られたそれは、時代を先取るスタイルだった。
 
この当時はアグネスチャンがテレビ局に子供を連れ込んだ事件を発端に、はじめて女性が女性としての役割を漸く認められるようになった。男と分業して家事をしようという発想はまだなかったが、女性が女性としての人生を考える世間になってきたのが明るい兆しだったと言える。
 
2003年に「負け犬の遠吠え」1988年にはクロワッサン症候群など、女性の社会的な自立を理想的にふんわり考えたのが1980年代だったといえる。それはあまりに現実から外れた甘美な夢だったのかもしれないが、それでもその当時は女性=消費 が文化の中心になったことは間違いないと言えるだろう。